自問自答から出た私の創作の根っこ
どうして私は『書く』のだろう?
そう思ってしばしば考えることがある。
そんな時、いつも思うんです。
この私の目で見ている世界の美しさを伝えたいよなって。
どんな形で伝えるの? と考えたら……
私だと、物語や言葉、撮影した画像や
短い感想みたいなものに変換することがあるなぁって。
そして、それらの発信する内容は必ず、どこかの誰かに届くって思っている。
それは、特別な景色や、劇的な瞬間のことではなくて、
季節の花、街角の光、壁に落ちる影、何気なく過ぎていく一日の中にある。
「あ、いいな」と感じた瞬間の小さなものたちや、今しか見られない輝きだったり。
私はそれを、物語にしたり、言葉にしたり、
撮影した画像や短い感想として、そっと誰かが見えるところに置くだけ。
「私の見ている世界は美しい」と証明したいわけじゃない。
誰かが、「自分にも同じ目がある」と気づいてくれたり、
「自分の見ている世界も、こんなふうに美しいのかもしれない」
と思い出してもらえたら嬉しいんです。
私は、価値観を教えたいわけでも、
感動を押しつけたいわけでもない。
世界を見る目を思い出す、そんなきっかけを置いていると思いたい。
私の書くことも撮ることも、誰かの人生を変えなくていいんです。
その人が自分のいる世界を見て「悪くないな」と思えたなら十分。
だから私は
『ちゃんと世界を見ているか』
それを『ちゃんと自分の心に受け取る』
そして『リリースする』
こことか、物語の中とかSNSなどにそっとね。
私は、美しさを生み出す人ではない。
美しさに気づく目を、そっと共有する人でありたい。
だから、今日もただ、自分で撮影したお気に入りの画像をあげるのです。
時折、その私が感じた輝きを、物語の中にもしのばせてみたり。
どうして私は書くのかと自問自答していたら、
こういう答えにたどり着きました。
『当たり前の日常の中にも美しい瞬間がある』
そんな日常を私は言葉や物語にできたらいいなぁって根っこで思っている。
あ、だから感想で「生活感」が感じられる作品だと言われるのか???
実際、お友達に言われました(;^_^A
でも、生きるってそういうところ大切よね。
ここでは見ることが創作の根っこになりましたが、
美味しさや触れた心地よさ、
空間の居心地よさや、楽しさ、香りも日常に溢れてる。
素敵なものは意外とたくさんあるのかもしれません。
2026/2/11 西門 檀


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